中学生以下日記〜12月〜

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2002年12月31日(火)

今年も、紅白は見ずに「INOKI BOM−BA−YE」で年越しです。
格闘技に興味が無い方もボブ・サップ
(バラエティ番組とかに出まくるデッカくて恐い顔の人です。)
が出場するので、知っている方も多いと思います。
それにしても、古館アナウンサーの実況は、常に熱い。
すべての事が、とんでもない事が起こった様な気に
させられてしまいます。(マラソンの実況も熱い!)
この流れで、年明けのスポーツマンNo1決定戦へ向かいたいと思います。
それでは皆様良いお年を。
END
2002年12月30日(月)

2002年ハートランド、最後の営業日です。
昨年もラストまで念入りに打ちおさめしていかれたお客様が、
今年も多数いらっしゃいました。
ありがとうございます。
これからも毎年恒例の行事にしていってください!
そして来年も宜しくお願いします。
さて2002年ハートランド最後の半荘をトップで締めたのは、
大方の予想を覆して、
スタッフのE村さん(おそらく恋人募集中!)でした。
2003年のハートランドは、1月2日よりOPENします。
END
2002年12月29日(日)

今年を振り返って・・・・・
あれ〜?
振り返ることが無い!
何も変わり映えしない一年だっだみたい・・・・・。
ちょこっとでもいい事があったらいいんだけど・・・・・。
ほんとに無かった(キッパリ)。
来年こそはいい事がありますように・・・・・。
皆さんも、よい年をお迎えくださいね。
END
2002年12月28日(土)

今日もやって来ましたスキー場。
今年最後だと思うので思いきり楽しみたい。
ただ気掛かりなのは最近よく人がぶつかって来るんだよね〜。
つい先日もそうだったが、また今日も人がぶつかってきたよ。
こっちは止まっているのに痛い目にあうのは割に合わないよ。
全くもう。
こっちは何も悪くないのにアザだらけだよ。
ツイてないな〜もう。
END
2002年12月27日(金)

もうすぐお正月・・・・・。
昔は「早く来ないかな〜!」なんてわくわくして待っていたのに、
年を重ねるにつれて【お正月=楽しい】
という公式が成り立たなくなってきた。
何で?
やっぱり何と言ってもお年玉を貰えなくなった事だろう。
それどころか逆にあげなければならないのが嫌である。
まぁ今更そんなことは言ってられないが、
これは本心である。
みんなもそう思っているはずである。
だから僕は本音を声を大にして言う。
「お年玉くれ〜〜っ!」
END
2002年12月26日(木)

もう少しで今年も終わり・・・・・
と言っても年末という気がしない。
ただの平凡な日々と何ら変わりないよ。
年末の慌しさも感じられない・・・・・のは俺だけか?
やっぱり?
END
2002年12月25日(水)

今年のクリスマスも何もする事無いし、またスキー場かなぁ。
毎年同じじゃん。
しかも1人で。
バカみたい。
他にする事無いのかねぇ。
見事に無いんだな〜これが。
スキー場は吹雪いているよ、きっと。
俺が行くといつもそうなんだよな〜。
雪を呼ぶ男だからね。
でも今年はひょっとして晴れてるかも・・・・・と思って
行ってみたらやっぱり吹雪いてた。
何でじゃ〜!
END
2002年12月24日(火)

さあ〜て、クリスマス用の買い出しに行くぞ〜!
てなわけでケーキを買って、シャンパンを買って、
おっと、七面鳥も買わなきゃ。
ツリーも用意したし、準備OKだ。
さあ、今年も楽しい1人のクリスマスだ。
わ〜い・・・・・ってまた今年もかよ!
おいおい・・・・・。
END
2002年12月23日(月)

今日はクリスマスイブイブ?
少し前までは12月24日が一番盛り上がるようであったが、
ここ数年は24日より23日の方が盛り上がる傾向が
あるのではないだろうか。
その原因はもちろん23日が祭日ということだろう。
しかし23日の夜に盛り上がったとしても、
次の日が平日だしな〜ということで
実は22日の夜がいちばん盛り上がったりして・・・・・。
あとはプレゼントが貰えるかという事と、
それ以前にくれる相手がいるかどうかだが、私の場合は・・・・・(淋)。
誰かさぁ〜プレゼントちょうだいよ〜!
END
2002年12月22日(日)

今日は一年でもっとも楽しみにしていた日です。
そうです!!
桑田佳祐全国ドームツアー2002『けいすけさん、色々と大変ねぇ。』
が札幌ドームで行われる日なんですよ〜★
ツアータイトルの『けいすけさん〜』について
パンフレット(3000円)に書いてありました。
桑田様が愛妻の原様の実家へ行った時の事。
原様のお母様が、けいすけ様へ言った言葉、
『けいすけさん、色々と大変ねぇ。』
それがそのままタイトルになったそうです。
いかにも桑田佳祐っぽくていいですよねぇ。
さてさて本日の感想。
まず初めに。
地下鉄東豊線にこれほどまでの利益をもたらしたのは、
W杯か桑田佳祐か、というほどの混雑ぶりに、
ドームへの道が私には「希望の轍」に見えました。
前年度の「ゲッカングリーンドーム」(桑田語録1)のときと比べ、
私の席は「愛しのアッリーナ」から
「麗しのスタンドーッ」(桑田語録2)に格下げ。残念。
戦意喪失のまま席に着き、ライブが始まった。
桑田は豆粒、周りは皆着席。
「大丈夫いつか立てる!!」と、本当に心から願っていました。
やっとスタンドアップできたのが「スキップビート」。
あまり桑田ファンではない人には、
♪すっけべ〜・すっけべ〜・すっけべ〜・すっけべ〜♪
っと言った方が解りやすいかな?
あまりノリノリになれないまま時が過ぎてしまい、ちょっと不完全燃焼。
でも、アンコールの時には周りの皆もスタンドアップしていて、
やっと自分を捨てて盛り上がることが出来て良かった〜。
帰り際、某ハートランド関係者と偶然遭遇、ちょっと驚き。
桑田様は今頃ラーメン「け○き」で3時間待ち・・・・・かなっ?
来年は、今日買ったTシャツとハッピーハッピを着て、
絶対に「愛しのアッリーナ」で盛り上がるぞ!!
END
2002年12月21日(土)

今日もレンタルビデオの話です。
今日見た作品は「モンスターズインク」。
子供向けの物かと思いきや、これがかなりオモシロイ。
少林サッカーとは違い、ギャグセンスが素晴らしい。
かなりおすすめの一本です。
エンドロールのNG集(?)もお見逃しなく!!
「おいしくなれよ。」
見た人には解る筈です。
END
2002年12月20日(金)

久々に東一局に役満出上がり&ラスト〜をさせて頂きました。
その場所は前に座っていたお客様が10回打ってトップが無く、
その場所に入った私は、「とりあえず我慢するところから入るか・・・・・。」
なんて考えながら配牌を取りました。
案の定、と言うかバラバラ配牌で、「はい。オリオリ」ってな感じでした。
ところが数順後、よく見てみると国士無双の2シャンテン。
そこへ下家から「リーチ!」
最初の気持ちはどこへやら、ゴリ押しの始まりです。
10巡目に北待ちで聴牌。
しかしヨクヨク相手の動きを見てみると上家もガンガン来ています。
こうなったら「めくりあいじゃ〜〜!」
そこへ上家が手出しで北
「ロン!48000点です。」(あっ、親だったんですよ。)
上家の方がバラっと手を開けて一言。
「僕もスッタンテンパイ(北待ち)だったんですよ・・・・・。」
驚愕の真実が明らかになりました。
もしかすると、役満のダブロンが見れたかもしれない一局でした。
END
2002年12月19日(木)

今日はビデオを借りてきて2本見ました。
デンゼルワシントン主演「トレーニング・デイ」。
そしてもう一本が「少林サッカー」。
トレーニング〜は、デンゼルが初の悪役に挑戦し、
黒人として初の主演男優賞を受賞した作品でもあり、
注目して見ていました。
素人目に見ても素晴らしい演技だったと思いました。
そしてそして「少林サッカー」。
とにかく想像を超えるバカさ加減でした。
ボールは虎になるし、シュートの威力で服がすべて吹っ飛ぶし・・・・・。
ギャグは寒いし(ひゅ〜)って感じで。
香港映画、ハリウッドにはまだ及ばず!
でも、「少林サッカー」は、一見の価値はあると思いますよ。
END
2002年12月18日(水)

今日は一昨日の逆のお話。
とあるお客様のお話です。(in札幌ミニ)
その方はいつも開店から終電まで打っていかれるお客様で、
今日も20回打っていかれました。
順位率がすごいのです。
半荘20回で1.6!
まずは5連勝スタート。
後に6連勝!!
しかしその後17回目の半荘で国士放銃の初ラス。
とにかくその日はお店を盛り上げていただきました。
本当にありがとうございました。
END
2002年12月17日(火)

今日は北海道3大タイトル戦のひとつ
トライアルカップの対局日です。
実は私も参加しています。
結果の方は当サイトのPick Upに毎節更新されていますので
そちらから御覧下さい。

昨日から降り続いた雪がとうとう積もってしまいましたね。
この季節、私大嫌いです。
何でって?スタッドレスタイヤが全く役に立たないのですよ〜。
小樽で死にそうになった経験をつい思い出してしまいます。
坂を下っていると突然、前を走っていた2台の車が
「白鳥の湖」のリズムに合わせて
♪タータ・ターラ・タータ・タララッタ♪
ってな具合にクルクル廻り始めたんです。
私も割とスピードを出していたので、
本気で「やばっ」「死ぬっ」と思いました。
まあ何とか私も車も無事だったんですけど・・・・・。
雪が無い方が当然走りやすいのですが、
北海道ではそんなことは言ってられないので
どうせなら早くいっぱい積もってしまえ!!
END
2002年12月16日(月)

今日から1週間、この日記を私が担当します。
どうぞ宜しくお願いします。
まずは、ノンフィクション劇場。
私、ハートランドでかれこれ7年ほど働いておりますが、
本日初めて遭遇しました。
同一場所9連続ラス!!(in札幌店)
始めの4回はハートランドが誇る(?)Eスタッフが担当。
続く5回は、残念ながらお客様が担当してしまいました。
ちなみに、今まで私が見た最高連続ラス記録は8回でした。
でもきっと麻雀以外で良いことがあるはずですよ。
落ち込まないでくださいね!!
END
2002年12月15日(日)

あ〜あ、また見えないところで税金がかかってしまうのかなあ。
発泡酒やたばこが値上がりするかも。
世間の反応はというと発泡酒値上げが反対多数に対して
たばこ値上げは賛成多数であった。
禁煙者は多くなっているが禁酒者は多くなっているという話はあまり聞かない。
全国的にそうなのかあ。
私はたばこは吸わないのであまり気にならないが
(このような無関心な考えはあまり良くないと思うが・・・・・)
酒のほうはちょっと気になるなあ。よく飲むから。
やっぱり愛煙家にとって一本につき1円の増税はかなりこたえるのではないか。
一日一箱として20円、一年で7千円以上払うのはかなりの出費だ。
これは痛い。たばこ離れが加速しそうだ。
たばこアレルギーの私にとっては少し嬉しいやら何やら・・・・・。
しかし発泡酒のほうは値上げは悲しい。
酒離れしようかな・・・・・。
できないと思うけどね。
そんな自分が情けないよ。
トホホ・・・・・。
END
2002年12月14日(土)

ちょっと疑問があるのだが・・・・・。
今年の小学校の算数では円周率を3と指導しているのかなあ?
もしそうだとしたらなぜ?
五千年前の算数ではそうだったみたいだけど今はちがうでしょ?
今や円周率は515億ケタ以上もわかっているのに、
昔に戻っているのはどういうわけ?
まあ、もっとも生活には何億ケタも必要ないけどね。
それはともかく今年から円周率3なのお?
誰か教えてよぉ。
END
2002年12月13日(金)

なにげなく冷蔵庫の裏を見たら、サイコロが落ちていた。
「おっ、こんなところに・・・・・。」
思わず何回も振っていた。
1の出る確率は?
ふーむ、6分の1かあ。
改めて思わなくてもほとんどの人はそのぐらいは知っている。
しかし、変なことを言ってた人がいる。
「俺が東京大学を受験したら、受かる確率は2分の1だよ。
受かるか落ちるかの2つに1つだからね。」だって。
この理論はおかしいぞ、ん?
ボーダーライン上にいるのならともかく、
圏外にいるのに確率2分の1だあ?
じゃあ彼は2回受験したら1回合格するのか?
そう思った私である。
この人はおそらく確率の根本から間違ってる人なんだろう。
しかし私もサイコロ1個でこんな事を思い出さなくても・・・・・。
もしかして身近にこんな人がいるかもよ・・・・・。
コワイですね〜。
END
2002年12月12日(木)

あの事件、まだ裁判は続くのだが、結果は変わってほしくない。
私は理系人間なので数学的に考えてしまうのだが、
数学と裁判は外形がよく似ているところがある。
(用語→基礎→発展→推論→検討→終結)
という流れに当てはまるのである。
数学では
(定義→公理→定理→証明→吟味→結論)となり、
裁判では
(定義→六法→判例→諭旨→補足→判決)となる。
ほら、よく似ているでしょう。
だから、結果は同じになると思うのだが、
何故違う結果になることがあるのだろう。
裁判官によって認識が違うのか、
被告の裁判への姿勢が変わることによって違ってくるのか、
社会の変化によるものか、
いろいろな理由があってのことだろうが、
この事件はどこまでいっても結果は変わらないと信じたい。
そう思っている人は全国にたくさんいるはずだ!!
END
2002年12月11日(水)

今日、注目の裁判の判決が下った。
当然と言えば当然の結果だが、ずいぶんと時間がかかったものだ。
とシロート目にはそう見えるが、
わりと早く結果が出たほうであるとマスコミ関係者や専門家は言っている。
それだけ難しく、慎重に事を運んでいたということであろう。
状況証拠しかない中でよくあそこまでもっていったものだと感心してしまう。
当然、控訴という形で第二ステージへと舞台を移すのだろうが、
結果は変わらないと信じたい。
犠牲になった人たちのために・・・・・。
END
2002年12月10日(火)

「今日は何の日?」と言われたら、
「○○の誕生日!」という答えが返ってきそうだが、
私は「今日は何の日?」と言われたら、
「三億円事件時効の日。」と言いたい。
それぐらいすごい事件だった。
社会的影響が大きい事件だった。
それがきっかけでお札がモデルチェンジした?というぐらいの事件だった。
そういえば明日、和歌山で起きたあの事件の判決が言い渡される日である。
だいたい予想はつくけどね・・・・・。
END
2002年12月9日(月)

今日、古い友人から電話がきた。
五年ぶりかなあ。
長電話は好きではないが、一時間ぐらい話した。
「俺左遷されちゃってよお。」
「左遷?」
「ああ、本社から地方だぜ。リストラされるよりましだけどなあ・・・・・。」
とまあ、ちょっぴり真面目な話だったが、
この「左遷」ということば、ちょっと不思議である。
古い中国のことばだと記憶しているが、
右から左へ移すことは
地位を高いところから低いところへ落とすことを意味するらしい。
それは、「右」はおもに右手が仕事をする「優」を表し、
「左」は右手で仕事をするのを助ける「佐」を表すところからきているらしい。
しかし、日本では逆であることが多いと思うのは私だけか?
だって車の後部席は左に地位の高い人が座った方が
助手席の人がドアを開けやすいし
(本当かどうかは自信がない)、
昔は左大臣が右大臣より地位が高かったのだから。
中国と日本ではなんで違うんだろう。
誰か教えて〜。
END
2002年12月8日(日)

今日はジョンレノンの命日に相応しい(?)負けっぷりでした。
4巡目に8000オールをひかれたり、
東2局にタンヤオ・三暗刻・三色同刻・赤3の単騎待ちを
リーチ後にしっかりと持ってきて24000点に放銃したりと、
なす術なくズルズルとラスを引き続けました。
自分のアガリ回数は7回だけで、ノーホーラの半荘が2回。
鼻血が出るほど負けました。
しかし本当になす術がなかったのでしょうか?
確かにありえないミスをしてはいたけれど、
どうにかして回復することはできたのかもしれません・・・・・
と反省しまくりの一日でしたが、
まあひとまず”イマジン”でも聞いて穏やかな気持ちになりましょう。
END
2002年12月7日(土)

今日は母をパチンコ店に迎えに行ったのですが、
そこで僕は最近のパチンコには時短機能が付いていることを知りました。
時短機能といえば、もう2年ほど前になると思いますが、
父に連れられて初めてパチンコをした僕は
『大工の源さん』という時短付きの爆裂マシーンで、大勝利しました。
しかし僕が勝負事において
ビギナーズラックを発揮したのは唯一それだけです。
麻雀にはそんなもの一瞬も無かったように思います。
そういう★の下に生まれてしまったのでしょうか?
あ〜発揮したいよ〜!
END
2002年12月6日(金)

今日は麻雀クイズ並みの放銃をしてしまいました。
手のうちの6筒を2枚見せ牌にしている下家が
僕が切った九萬をチーして打四萬
ドラの9索は僕がアンコで安い仕掛けに見えましたが、
次巡僕の切った二萬で、「ロン!満貫」と言われました。
牌姿は
二萬六萬六萬六萬6筒6筒6筒6索6索6索 チー七萬八萬九萬
です。
当たった方、正解です・・・・・。
END
2002年12月5日(木)

今日はなんとも恥ずかしい話を書こうと思います。
2着とわずか900点差のトップ目で迎えたオーラスの事です。
僕は789の三色仕掛けで2フーロしていたのですが、
8巡目に20000点以上離れたラス目がリーチ!
最低でも1300点あるわけだから、
放銃するとその時点でトップは変わってしまいます。
僕はなんとか安全牌を切り続けて終盤になりましたが、
ここで2着目からもリーチ!
僕のツモ回数はあと3回、なんとかテンパらないといけません。
そしてその時の僕の牌姿は四萬四萬7索8索8索9索8筒
七萬八萬九萬7索をポンしてさらしている状態です。
なんとかくっつけてテンパイしたいと思っていると、
ツモってきた牌は6索6索
ここで僕は迷いました、7索をポンしている状態で
6索7索8索8索9索のペン7索待ちなのです。
これってテンパイ?
しかも切り出す8筒は通っていません。
それでもテンパイなら迷わずに切りますが、これはテンパイなのか〜?
スタッフなのにお店のルールが分かってないなんて!
それならいっそのことベタオリだ!
ということで、あえなく2着になった僕ですが、
後でM先輩に聞いてみると、これはやはり
(ハートランドでは)テンパイではなくて、
自分の行為によって待ちが消えてしまっているのでノーテンだそうです!
END
2002年12月4日(水)

今日は朝8時からのおはよう漫画「キテレツ大百科」を見ました。
キテレツはやっぱり面白いナリ!
この年になっても全然楽しめてしまうなんて、
さすがは偉大なキテレツサイ様ですね。
小学生の頃とかは、話の結末までどうしても気になってしまい、
結局見てから学校に行き、遅刻したりしたものでした。
そんなことを思いだし、ほのぼのしているうちに、
再び僕は深い眠りに落ちていきました。
END
2002年12月3日(火)

今日は昨日に引き続き、四暗刻にまつわるエトセトラな日でした(謎)。
まださほど点棒に動きのない東3局、
12巡目
七萬七萬八萬八萬九萬九萬9筒9筒9筒8索9索9索9索
というテンパイをしていた僕がツモったのは九萬
8索としてダマテン、六萬七萬八萬九萬の4面待ちですが、
七萬八萬をツモると役満、ロンアガリでもハネ満(三色同刻含む)、
さらに九萬であがっても、満貫ではないですか!
唯一六萬だけ役無しです。
昨日変なアガリをした次の日なだけに、などと色々なことを考えた僕ですが、
結局今日も元気良く八萬でロン発声したのでした。
あ〜、ミニマムな僕・・・・・。
END
2002年12月2日(月)

今日は何とも気持ちの良くないアガリをしてしまいました。
7000点まで持ち点を減らして迎えた南二局、
親番は1回あるものの、他の3人は皆、原点以上の状態です。
ここで望外にもツモり四暗刻を4巡目にテンパイして、即リーチ!
牌姿は
三萬三萬三萬七萬七萬5索5索6索6索6索7索7索7索
8索でもあがれてしまうのです。
しかしこの状況下では8索であがる人はまずいないでしょう。
しかし僕はアガってしまったのです。
しかも出あがり5200点をアガってしまったのです。
申し訳無いような悲しいような複雑な気持ちです・・・・・。
END
2002年12月1日(日)

今日で僕の担当する日記も最終日です。
やはり文章を書く事への苦手意識はなかなか無くなりませんね。
下手な文章ですみませんでした。 
さて、気付けばもう12月ではありませんか。
1年なんてあっという間ですね。
僕はここ数年この時期が嫌いです。
なぜかって?
年が明けると、とて〜〜も嫌な事が待っているからです。
あ、これじゃ僕が誰だかわかっちゃう?!
それでは悪あがきの勉強でもして寝ようと思います。
また次の機会まで皆様さようなら。
END